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わんばらんす

日々の疑問や悩み‥“心のばらんす”がいちばん!素朴な疑問は“なんでなの~っ?”って大空に向かって叫んだら気分は爽快~♪

「へのこマーク」 を 平和のマーク に変えたいな!^^

へのこ ちゅら海をまもれ!沖縄・辺野古で座り込み中!


なのに・・・なのに・・・

辺野古崎の海域のアセス方法書、沖縄県が受理 2007年08月07日

小池女史、さっそく牙をむいてきた。鬼女!!!  



■マスメディアの良心 / テレビ局

最近思うのは、マスコミのなかにもジャーナリスト魂は残っているのでは?・・ということ。テレビ局では、NHKを筆頭に各局は、規制(政府の圧力はあると思う)されつつある「報道」で抵抗するのを最小限にとどめ、ドキュメントやドラマで、政府にたいして叫んでいるのではないかと感じるようになった。 NHKの「その時 歴史が動いた」「NHKスペシャル」など、どれだけ戦争が悲惨だったか?どれだけ昔の政治家に気骨があったか?どれだけ核の脅威があるのか?などなど・・・とりわけ近代史では、今の政治にたいしての落胆や忠告に通じるような事例を織り交ぜての番組制作を心掛けているようにみえる。もうすぐ終戦記念日だからではなく、普通にそう感じる。

私たちは、マスコミがきちんと伝えていないと思うこともしばしばあるけれど、マスメディアはマスメディアで、圧力のなかで試行錯誤しているのかもしれない。必ず、その世界のなかにも権力に屈しない人々がいると私は信じています。たとえ、少数派だとしても必ずいると。そのメッセージを国民であり、視聴者の私たちがもっとしっかり受け止めて、子どもたちや家族や知人に伝えることが私たちに課せられた課題なんじゃないのかと、最近考えるようになってきた。なぜなら、個人の私たちがいくら叫んでも微々たるものだし、うまく伝えることが出来ないけれど、テレビは「1時間なりそれの番組を観るだけでもの凄い説得力がある」と思うからだ。

マスコミも規制に縛られながら、必死に苦しんでいるんじゃないのか!?
だったら、視聴率をあげて功績を大きくしてあげることが大事なんじゃないの?


再放送を観て、感謝と激励のメールを送るだけでもいいと思う。非力だけれど、一つ一つ積み上げていくしかない。毎日一つでもいいじゃない。たとえば「護憲派」の政治家ブログのランキングクリックでもいいし、政治ブログのクリックでもいい(苦笑)、激励メールでも、自公や局への抗議でもいい。最近貼っている「平和運動」のバナーなどを貼るんでもいい。それがすべて自分たちの平和な未来に繋がっていくんだってことを忘れないようにしたい。 

                     ◇ 

今、私たちは戦後内閣史上最低の「安倍不信三 内閣総理大臣」を抱えている。
生活だけでなく「世界平和」にむけての最大のお荷物と言ってもいいかもしれない。
中身が薄っぺらいのに、プライドだけは強く、すぐに逆ギレする総理・・。

史上最悪に恥ずかしい!

その我侭お坊ちゃまが尊敬してやまない祖父「岸信介」は、戦後、総理になったわけだけれど、その登板までの詳細な経緯は知らなかった。日本国民の運が悪くなければ、あの岸一族にこれほどまでに翻弄されなくても良かったんだ・・ということが、NHKのドキュメントでよ~くわかった。もちろん時代の岸総理誕生が永きにわたってこの現代にまで、日本を混沌としたものにしていることは判ってはいるが、まさか「国民の運」が、これほどまでに悪かったのかと思うと悲しくなる。



■石橋湛山という偉大な政治家 と 岸一族

総理大臣の「思想と人格」によって、どれほど国家の運命が変わってしまうのか・・ということを考えるとそら恐ろしくなる。病に侵されてすぐ、日本のために総理の座を退くことを決断し、 「世界平和」の構想途中で志を断念しなければならなかった・・・
偉大な政治家「石橋湛山」
その空いた席に「しめしめ」と座ったのが、政策で反目し合っていた岸信介だった。湛山が、潔く職を退いた後に座った岸の孫である安倍晋三が、今度は史上最低の行為である「総理の座にしがみついて居座っている」のだ。 「日本の平和」など考えない、どこまで、利己的で迷惑な一族なのか・・・。

おぞましい!

日本リベラルと石橋湛山 いま政治が必要としていること (講談社選書メチエ)
日本リベラルと石橋湛山 いま政治が必要としていること (講談社選書メチエ)田中秀征氏の人物評伝には、氏の熱い思い入れが感じ取れる。01年に「梅の花咲く」で、‘決断の人・高杉晋作’を描き、この度は‘孤高のリベラリスト’と言っても良い石橋湛山・元首相を世に問うている。

 私の父は生前、床屋談義的に政治を語る際、
「湛山ありせば…」とよく漏らしていたが、本書を読んでその思いを強くする。
 戦前・戦後を通じて最善・最高の政治家、それ故に孤高のリベラリストでもあった石橋湛山の人と思想に、少しでも多くの人たちに触れてもらいたいと思う。(カスタマーレビューより転載)
(太字・色文字・下線・改行など by わんばらんす)



◆NHK「その時 歴史が動いた」 

第294回
冷戦の壁を破ろうとした男
~石橋湛山・世界平和への願い~


その時: 昭和34(1959)年9月17日
出来事: 石橋湛山が周恩来に日中米ソ平和同盟の構想を示す


戦前、日本がアジア侵略を進める中「日本は植民地をすべて放棄すべきである」と帝国主義を真っ向から批判した男がいた。経済誌「東洋経済新報」の記者、石橋湛山である。
湛山は植民地経営の経済的非合理性を説き、大東亜共栄圏の思想を否定したために国家から弾圧を受ける。それでも主張を曲げなかった湛山は戦後、吉田茂から経済立て直しを託されて大蔵大臣に就任。「世界平和を実現し貿易立国として生きる小日本主義」を掲げる。ところが東西冷戦構造が深まり日本が共産主義の防波堤の役割を担わされると、湛山は冷戦構造の打破に動き出した。

昭和31年、内閣総理大臣に就任した湛山は中国・ソ連との関係回復を目指すが、アメリカと激しく対立。その矢先、病に倒れ退陣を余儀なくされる。しかし、悪化する中国との関係を憂えた湛山は病をおして訪中を実現。周恩来に直接「日中米ソ平和同盟」構想を訴えた。それは冷戦構造に風穴をあけようという画期的なものだった。この提案に周恩来も同意。その後日中貿易が本格的に再開され、日中国交回復の礎を築いた。
戦前・戦後を通して平和のために闘い続けた石橋湛山の不撓不屈の生涯を通して日本の針路を見つめ直す。

番組の内容について
「今日のその時昭和34(1959)年9月17日 石橋湛山が日中米ソ平和同盟構想を提示した時」について
石橋湛山は、冷戦構造の打破を政治的な目標に掲げており、その具体的な方策として「日中米ソ平和同盟」構想を提唱しました。
これは、日中、米中など2国間では解決困難な問題を日中米ソの4カ国の枠組みで話し合おうというものでした。湛山は、最初の訪中で 周恩来首相にこの構想を示し周恩来はこれに賛同しました(自由思想第17号)
湛山は周恩来と9月16日、17日の2日間にわたって会談していますが、この構想については、17日の交渉で話し合われました。
第一次大戦後、日本が大陸へ勢力を広ようとしたこと、CGについて
第一次大戦で英露仏側に立って参戦した日本は、中国・山東省でのドイツの権益を継承し、南満州などの権益を強化しようとしました。
CGでは、その政策について表現をしており、領土の拡大を示したものではありません。

湛山が書いたキャンペーン記事「大日本主義の幻想」について
大正10年7月から8月にかけて東洋経済新報の社説で論じた内容を要約しています。湛山は、朝鮮・台湾・関東州との貿易が9億円なのに対して、アメリカ、イギリスとは18億円に上ることを数字で示し、日本の帝国主義に異を唱えました。

湛山の蔵書が残されている書斎について
石橋湛山記念館として保存されていますが非公開です。

昭和17年、記者・編集者が逮捕されたことについて
横浜事件と言われ太平洋戦争下で最も厳しかった言論弾圧事件。ジャーナリストをはじめ数十名がいわれなき罪で逮捕され、4名が獄中死しました。

「戦時経済特別調査委員会」について
東条英機内閣のもとでは弾圧された湛山でしたが、その後の小磯国昭内閣になると親交のあった石渡大蔵大臣に働きかけ、戦後日本の再建策を検討するプロジェクトチームを立ち上げました。それが「戦時経済特別調査委員会」でした。
このプロジェクトに関する資料の一部は国立国会図書館の憲政資料室に保管されています。

「進駐軍の経費」について
大蔵大臣となった石橋湛山は、昭和21年度の財政演説で総歳出およそ600億円に対して、終戦処理費(占領軍費)が200億円に達していると演説しています。

共産主義陣営・資本主義陣営の地図色分けについて
1950年前後の政治体制をもとに色分けしています。ただし、色分けにおいてはどちらかの主義(陣営)の政権が成立していることが前提ではありません。

「イギリス外務省 秘密報告書」について
在ワシントン英国大使館のド・ラメア公使が米国務省のハワードパーソンズ北東アジア局長と会見した後に英外務省に送った秘密報告書です。

「湛山が脳梗塞で倒れた」との表現について
当時、湛山の病状は「老人性肺炎」と発表されましたが、実際は脳梗塞による発作でした。

「周恩来は湛山の提案に同意、ついに台湾への武力行使はしないと伝えた」との表現について
「自由思想 17号」所収の湛山と周恩来との対談記録によります。

主人公の言葉など(一部要約して引用しています)

湛山の言葉
「礼節を守らねばならぬというは、決して個人間のみのことではない。国と国との関係においてもまたこれと同様の態度をとらなければ、各国民の生活は永遠に幸福なるを得ない」
東洋経済新報での石橋湛山の論説より引用しています。
オリエンタルエコノミストでの湛山の言葉
「私たちは、あなたたちと友好関係を取り戻すべきだと考えています。そして、東洋に平和と繁栄をもたらしたいのです」
『オリエンタルエコノミスト 昭和13年2月号』の石橋湛山の論説より引用。

ペンを折らない湛山の信念についての引用
「私は、自分の正しいと信ずる主張のために、今後いかなる艱難が身の上に降りかかってこようとも甘んじて受けるつもりだ。良心に恥ずることを書き、国のためにならぬことを書かねばならぬくらいなら雑誌をやめた方がよい」
『東洋経済新報社の社内報』での湛山の文章より引用しています。

水爆実験に関する湛山の言葉
「互いに猛烈に原爆、水爆を用いる結果は放射能が交戦国ばかりでなく、全世界に飛散し、漲り、実に悲惨な状態を呈するであろう。こうなっては、もう人類はおしまいである。」
昭和29年5月1日発行『別冊東洋経済』掲載の石橋湛山論説『切迫せる人類の破滅』より引用しています。

日本の政策に反発するアメリカ・ダレス国務長官の言葉
「中国、ソ連との通商関係促進はアメリカ政府の対日援助計画に支障を来す」
『岸信介回顧録』の中に鳩山宛の書簡の内容として紹介されています。

湛山の退陣に際する言葉
「私の政治的良心に従います」
昭和32年2月22日に岸信介内閣総理大臣臨時代理・三木武夫自民党幹事長宛て書簡『首相辞任に関する書簡』より引用しています。

石橋・周の共同声明
「日本と中国は両国民が手を携えて極東と世界の平和に貢献すべきである」
昭和34(1959)年9月20日『石橋・周共同声明』より。

湛山の晩年の言葉について
「私はかねてから、人生の中はただ理屈だけでは解決できぬと考えていた。理屈は我と彼とを疎隔し、同情は、我と彼とを融合する大切な要件である。相手の立場に立ってものごとを考えてみるということである。これは国と国とのつきあいでも例外ではない。」
『東洋経済新報 昭和47年10月14日号』より引用しています。



(本放送) 平成19年7月4日 (水)
22:00~22:43 総合 全国
(再放送) 平成19年8月3日(金)
0:10~0:53(木曜深夜) 総合 近畿のみ
平成19年8月3日(金)
1:05~1:48(木曜深夜) 総合 全国(近畿のぞく)
平成19年8月6日(月)
16:05~16:48 総合 全国
平成19年8月31日(金)
0:10~0:53(木曜深夜) 総合 近畿のみ
平成19年8月31日(金)
1:05~1:48(木曜深夜) 総合 全国(近畿のぞく)

ジャーナリストでも本物! 総理大臣でも本物だった!


国民のために・・・
志と信念を貫く・・・
こんな総理大臣が欲しい!



政治の品格―石橋湛山と遠山正瑛に学ぶ
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孤高を恐れず―石橋湛山の志
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戦う石橋湛山
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気概の人 石橋湛山
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石橋湛山―湛山回想 (人間の記録 (47))
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石橋湛山の戦後―引き継がれゆく小日本主義
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報道が社会を変える
―石橋湛山記念早稲田
ジャーナリズム大賞記念講座講義録

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衆議院自公にも・・・NO!
いのち 小

未来の日本人へ・・・
 平和のバトン 」 をわたそう!


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